来年のNHK大河ドラマは、「光る君へ」世界最古の長編小説といわれる『源氏物語』の作者、紫式部が主人公です。

ちょうど同じ頃に、世界最古の随筆文学といわれる清少納言の『枕草子』も誕生しています。

千年も前の作品が、日本だけでなく世界で評価されているのに感動します。しかも今も読み継がれているのは、私たちに大切なメッセージを届けてくれているからだと思います。

今回は、『枕草子』の有名な書き出し「春はあけぼの」について、木村耕一さんにお聞きします。

なぜ、「あけぼの(夜明け前)」なのか

(原文)
春は、あけぼの。
ようよう白くなりゆく山際……

『枕草子』の、有名な書き出しです。

──なぜ、「あけぼの(夜明け前)」なのでしょうか?

春といえば、「満開の桜」「黄色い菜の花」などを思い浮かべる人が多いと思います。
それなのに、花ではなく、時間帯できたか!

──はい。とても意外ですよね。

この意外性が、夜明け前の静けさを、映画のワンシーンのように脳裏に浮かばせ、強烈な印象を与えているのです。

『枕草子』春はあけぼの〜春の来ない冬はないの画像1

清少納言は、私たちに、

「ほら、つらい冬が終わって、温かい太陽が昇ってきたよ。
 真っ暗な闇が去って、薄紫色に輝いてきたよ。
 だから、春は、あけぼのが好き」

と語りかけているように思います。

彼女自身が、生きることのつらさ、苦しさを、強く感じていたからこそ、

「春の来ない冬はない」
「朝の来ない夜はない」
「だから、あきらめずに、前向きに生きよう」

というメッセージを、『枕草子』の冒頭に込めたのではないでしょうか。

──ちょっと待ってください。『枕草子』は、千年前の、平安貴族の日常を、エッセー風に書いたものですよね。王朝生活は、そんなに暗いはずないと思いますが……。

私も、『枕草子』を読むまでは、
「平安貴族は、気楽でいいなあ。いつもきれいな服を着て、すぐ恋をして和歌を詠み、四季の変化を眺めて『風流だな』と言っていれば評価されるんだから……。何の苦しみもない人たちだろうな」
と思っていました。

ところが、清少納言が、当時の天皇と后の周りで起きたことを書き残してくれたおかげで、平安貴族といっても、王朝生活といっても、人間関係の苦しみは、現代の私たちと、少しも変わらないことが分かります。

根も葉もないウワサ話に悩まされたり、濡れ衣を着せられたり、権力争いに巻き込まれたり……。

『枕草子』春はあけぼの〜春の来ない冬はないの画像2

──そうなんですか。今と変わらない人間模様ですね。

でも、どんな理不尽な扱いを受けても、清少納言は、相手を非難したり、攻撃したり、報復したりしていません。知恵と洒落(しゃれ)、ユーモアのセンスを生かして、乗り越えていきます。

──理不尽な扱いをされたら、私は腹が立って、つい文句を言ってしまいますが……。

怒りには怒りをぶつけ、恨みには恨みで報復していては、いつまでも、ドロドロとした戦いが続き、お互いに、得るものはありません。

「正しいことは、時間の流れが証明してくれる。私は、私の誠意を尽くすだけ……」

清少納言の、こういう心の持ち方が、千年たっても、多くの読者に支持されている理由ではないでしょうか。

──「『枕草子』は、キラキラしている」「悲しみ、苦しみを乗り越える力を与えてくれる」という読後感を持つ人が多いのも、うなずけますね。

(『こころきらきら枕草子』木村耕一 著 イラスト・黒澤葵 より)

時間の流れが証明してくれる

木村耕一さん、ありがとうございました。
「正しいことは、時間の流れが証明してくれる。私は、私の誠意を尽くすだけ……」という清少納言のメッセージが、とても心に響きました。

毎日同じように生活しているつもりでも、思いがけずに誤解されたり、理由も分からず非難されたり、人間関係がこじれたりして、苦しむことがあります。

そんな時に、自分が正しいことを証明しようとしたために、余計に相手との関係が悪くなったり、さらに誤解を生んだりして、もっと苦しくなることも……。

清少納言のように、誠意を尽くして、前向きに生きていれば、分かってもらえる時がきっと来るように思いました。

『枕草子』を木村耕一さんが、分かりやすく意訳した『こころきらきら枕草子』は、こちらから試し読みができます。