2月28日は、「エッセイ記念日」なのだそうです。
エッセイは日本語で「随筆」。
日本の三大随筆といえば、鴨長明の『方丈記』、兼好法師の『徒然草』、清少納言の『枕草子』です。
さてこの中で、世界最古の随筆文学があります。
どの作品でしょうか?
答えは、『枕草子』です。
千年も前の平安時代に、清少納言は、どんな思いをつづったのでしょうか。
木村耕一さんにお聞きしました。
春は、あけぼの
──『枕草子』といえば、「春は、あけぼの……」ですよね。
はい。『枕草子』の、有名な書き出しです。
春は、あけぼの。ようよう白くなりゆく山際……
──なぜ、「あけぼの(夜明け前)」なのでしょうか。
春といえば、「満開の桜」「黄色い菜の花」などを思い浮かべる人が多いと思います。
──私も春といえば、花を連想します。なぜ、清少納言は、花ではなく、時間帯で表したのでしょうか。
この意外性が、夜明け前の静けさを、映画のワンシーンのように脳裏に浮かばせ、強烈な印象を与えていると思います。
清少納言は、私たちに、
「ほら、つらい冬が終わって、温かい太陽が昇ってきたよ。
真っ暗な闇が去って、薄紫色に輝いてきたよ。
だから、春は、あけぼのが好き」
と語りかけているように思います。
彼女自身が、生きることのつらさ、苦しさを、強く感じていたからこそ、
「春の来ない冬はない」
「朝の来ない夜はない」
「だから、あきらめずに、前向きに生きよう」
というメッセージを、『枕草子』の冒頭に込めたのではないでしょうか。
──あれ? 『枕草子』は、千年前の、平安貴族の日常を、エッセイ風に書いたものですよね。王朝生活は、そんなに暗いはずはないと思いますが……。
私も、『枕草子』を読むまでは、
「平安貴族は、気楽でいいなあ。いつもきれいな服を着て、すぐ恋をして和歌を詠み、四季の変化を眺めて『風流だな』と言っていれば評価されるんだから……。何の苦しみもない人たちだろうな」
と思っていました。
ところが、清少納言が、当時の天皇と后の周りで起きたことを書き残してくれたおかげで、平安貴族といっても、王朝生活といっても、人間関係の苦しみは、現代の私たちと、少しも変わらないことが分かります。
──どんなことがあったのでしょうか。
根も葉もないウワサ話に悩まされたり、濡れ衣を着せられたり、権力争いに巻き込まれたり……。
──現代も、根も葉もないウワサに、名誉を傷つけられたとして、裁判沙汰になったりしています。いつの時代も変わらないですね。
でも、どんな理不尽な扱いを受けても、清少納言は、相手を非難したり、攻撃したり、報復したりしていません。知恵と洒落(しゃれ)、ユーモアのセンスを生かして、乗り越えていきます。
──えっ? 清少納言は、相手を非難、攻撃していないのですか。
怒りには怒りをぶつけ、恨みには恨みで報復していては、いつまでも、ドロドロとした戦いが続き、お互いに、得るものはありません。
「正しいことは、時間の流れが証明してくれる。私は、私の誠意を尽くすだけ……」
清少納言の、こういう心の持ち方が、千年たっても、多くの読者に支持されている理由ではないでしょうか。
──それは素晴らしいです。『枕草子』は、キラキラしていますね。
「悲しみ、苦しみを乗り越える力を与えてくれる」
という読後感を持つ人が多いのもうなずけます。
この紙に、何を書きましょうかね
──そんな『枕草子』は、どのように誕生したのでしょうか?
清少納言は28歳になった頃に、関白・藤原道隆から誘われて、関白の娘で、一条天皇の后である・定子に仕えるようになりました。
ある時、天皇と定子の元へ、大量の紙が寄贈されました。当時、紙は、とても貴重な品でした。
定子は、清少納言に、こう言います。
「この紙に、何を書きましょうかね。帝(みかど)は、中国の『史記』を写されるそうよ」
清少納言が、即答します。
「それなら、枕でしょう」
定子は、とても満足した笑顔で、
「じゃ、あなたにあげるね」
と言ったといいます。
清少納言が「枕」と言ったのは、中国の白楽天の詩に、
「書を枕にして眠る」
とあるからだといわれています。
「役所にいても仕事がないので、白髪頭の老長官である私は、書物を枕にして昼寝をしている」
という内容です。
即座に、この『白氏文集(はくしもんじゅう)』の漢詩を思い出し、ユーモアたっぷりに答える清少納言の教養の広さに、定子は満足したのでした。
こうして、貴重な紙を受け取った清少納言が、主人・定子の周りで起きたこと、見たり、聞いたりしたことを、エッセイ風に書き始めたのが『枕草子』になったのです。
(『こころきらきら枕草子』より 木村耕一 著 イラスト 黒澤葵)
──木村耕一さん、ありがとうございました。エッセイ記念日に、世界最古の随筆文学『枕草子』を読んでみたくなりました。
『こころきらきら枕草子』は、こちらから試し読みができます。
『月刊なぜ生きる』3月号発売
『月刊なぜ生きる』3月号の「『人生の目的』を、考えるヒント」、のコーナーでは、木村耕一さんが、鴨長明の『方丈記』を紹介しています。
詳しくは、こちらからどうぞ。
https://nazeikiru-web.com/naze2403/
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