日本人なら知っておきたい 意訳で楽しむ古典シリーズ #204

  1. 人生

世界最古の随筆文学『枕草子』〜清少納言の悲しみ、苦しみの乗り越え方

2月28日は、「エッセイ記念日」なのだそうです。
エッセイは日本語で「随筆」。
日本の三大随筆といえば、鴨長明の『方丈記』、兼好法師の『徒然草』、清少納言の『枕草子』です。
さてこの中で、世界最古の随筆文学があります。
どの作品でしょうか?
答えは、『枕草子』です。
千年も前の平安時代に、清少納言は、どんな思いをつづったのでしょうか。
木村耕一さんにお聞きしました。

春は、あけぼの

──『枕草子』といえば、「春は、あけぼの……」ですよね。

はい。『枕草子』の、有名な書き出しです。
春は、あけぼの。ようよう白くなりゆく山際……

──なぜ、「あけぼの(夜明け前)」なのでしょうか。

春といえば、「満開の桜」「黄色い菜の花」などを思い浮かべる人が多いと思います。

──私も春といえば、花を連想します。なぜ、清少納言は、花ではなく、時間帯で表したのでしょうか。

この意外性が、夜明け前の静けさを、映画のワンシーンのように脳裏に浮かばせ、強烈な印象を与えていると思います。

世界最古の随筆文学『枕草子』〜清少納言の悲しみ、苦しみの乗り越え方の画像1

清少納言は、私たちに、
「ほら、つらい冬が終わって、温かい太陽が昇ってきたよ。
真っ暗な闇が去って、薄紫色に輝いてきたよ。
だから、春は、あけぼのが好き」
と語りかけているように思います。

彼女自身が、生きることのつらさ、苦しさを、強く感じていたからこそ、
「春の来ない冬はない」
「朝の来ない夜はない」
「だから、あきらめずに、前向きに生きよう」

というメッセージを、『枕草子』の冒頭に込めたのではないでしょうか。

──あれ? 『枕草子』は、千年前の、平安貴族の日常を、エッセイ風に書いたものですよね。王朝生活は、そんなに暗いはずはないと思いますが……。

私も、『枕草子』を読むまでは、
「平安貴族は、気楽でいいなあ。いつもきれいな服を着て、すぐ恋をして和歌を詠み、四季の変化を眺めて『風流だな』と言っていれば評価されるんだから……。何の苦しみもない人たちだろうな」
と思っていました。

ところが、清少納言が、当時の天皇と后の周りで起きたことを書き残してくれたおかげで、平安貴族といっても、王朝生活といっても、人間関係の苦しみは、現代の私たちと、少しも変わらないことが分かります。

──どんなことがあったのでしょうか。

根も葉もないウワサ話に悩まされたり、濡れ衣を着せられたり、権力争いに巻き込まれたり……。

──現代も、根も葉もないウワサに、名誉を傷つけられたとして、裁判沙汰になったりしています。いつの時代も変わらないですね。

でも、どんな理不尽な扱いを受けても、清少納言は、相手を非難したり、攻撃したり、報復したりしていません。知恵と洒落(しゃれ)、ユーモアのセンスを生かして、乗り越えていきます。

──えっ? 清少納言は、相手を非難、攻撃していないのですか。

怒りには怒りをぶつけ、恨みには恨みで報復していては、いつまでも、ドロドロとした戦いが続き、お互いに、得るものはありません。

「正しいことは、時間の流れが証明してくれる。私は、私の誠意を尽くすだけ……」

清少納言の、こういう心の持ち方が、千年たっても、多くの読者に支持されている理由ではないでしょうか。

──それは素晴らしいです。『枕草子』は、キラキラしていますね。

「悲しみ、苦しみを乗り越える力を与えてくれる」
という読後感を持つ人が多いのもうなずけます。

この紙に、何を書きましょうかね

──そんな『枕草子』は、どのように誕生したのでしょうか?

清少納言は28歳になった頃に、関白・藤原道隆から誘われて、関白の娘で、一条天皇の后である・定子に仕えるようになりました。

ある時、天皇と定子の元へ、大量の紙が寄贈されました。当時、紙は、とても貴重な品でした。

定子は、清少納言に、こう言います。
「この紙に、何を書きましょうかね。帝(みかど)は、中国の『史記』を写されるそうよ」

清少納言が、即答します。
「それなら、枕でしょう」

定子は、とても満足した笑顔で、
「じゃ、あなたにあげるね」
と言ったといいます。

清少納言が「枕」と言ったのは、中国の白楽天の詩に、
「書を枕にして眠る」
とあるからだといわれています。
「役所にいても仕事がないので、白髪頭の老長官である私は、書物を枕にして昼寝をしている」
という内容です。

即座に、この『白氏文集(はくしもんじゅう)』の漢詩を思い出し、ユーモアたっぷりに答える清少納言の教養の広さに、定子は満足したのでした。

こうして、貴重な紙を受け取った清少納言が、主人・定子の周りで起きたこと、見たり、聞いたりしたことを、エッセイ風に書き始めたのが『枕草子』になったのです。

世界最古の随筆文学『枕草子』〜清少納言の悲しみ、苦しみの乗り越え方の画像2

(『こころきらきら枕草子』より 木村耕一 著 イラスト 黒澤葵)

──木村耕一さん、ありがとうございました。エッセイ記念日に、世界最古の随筆文学『枕草子』を読んでみたくなりました。

『こころきらきら枕草子』は、こちらから試し読みができます。

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『月刊なぜ生きる』3月号の「『人生の目的』を、考えるヒント」、のコーナーでは、木村耕一さんが、鴨長明の『方丈記』を紹介しています。
詳しくは、こちらからどうぞ。
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