「凹(へこ)む力」はじめに
1万年堂出版ではおなじみの『子育てハッピーアドバイス』の著者、明橋先生に憧れて精神科医を志しました、高木英昌と申します。
精神科・心療内科の診療では、保育園児から、成人、90歳を超える方も診ていますが、「自分よりも患者さんの方がよほど人生をまじめに考えている」とよく思います。
患者さんの声を色々聞いている中で、最近思うことをまとめてみました。
自分に自信を持てない現代人
「もっと自分に自信を持てるようになりたい」
「人に言われたことを、気にしないようになりたい」
「ちょっとしたことでも傷ついてしまう自分を変えたい」
「嫌なことは気にせず流せばいいとわかっていてもできない」
「そのままでいいんだよと言われても、今の自分じゃだめだと思ってしまう」
診療の中で、よく聞く言葉です。
自分を変えたい、強くなりたいという気持ちから、「折れない」「へこたれない」「心を強くする」とまではいかなくても、せめて「普通になりたい」といった声もよく聞きます。
感情をコントロールし、怒りの心も管理(アンガーマネジメント)できることが良いことで、大人ならそれができて当たり前。自己管理できないのは、だらしないから、気合が足りないから。
誰かに言われたわけではなくても、生産性や効率性が重視される現代社会がそんな雰囲気を作り出しているのかもしれません。
ホッと一息つけるはずの家庭ですら、本音を言えない、弱音を吐けないという人も少なくありません。
「暗くなるようなこと言わないで」
「そんなネガティブな話をして、どうしてほしいの?」
「聞かされる方が疲れる」
そういったことを言われると、気持ちを吐き出せなくなってしまうのも無理はありません。
結局、家族や友人にすら「疲れた」「しんどい」と言えず、ひっそりネットで「疲れた」と検索する。
そしてSNSを見ると、似たような人たちがたくさんいることに少しホッとする。そんな人も少なくないのではないでしょうか。
幸せに生活したいのは、みんな同じはずなのに……
このような状態に、私はよく「余裕がない」という表現を使います。誰が悪いわけではなく、とにかく疲れているという状態です。
「一息つく余裕がない」
「相手を気遣う余裕がない」
「自分のことを振り返る余裕がない」
など、色々な状況で使われる言葉です。
このような表現を使う理由の1つが「誰のせいにもしない」ためです。
他人を責めるでもなく、自分も責めないように。
他人のせいにしてもその人が変わってくれるわけではなく、イライラが募るばかりです。
自分を責めると更に余裕がなくなり、落ち着いて考えることもできなくなります。
何より誰もが、本当は他人を攻撃なんてしたくないし、自分のことも責めたくありませんよね。
仲良くできるならしたい、落ち着いて穏やかに過ごしたい、幸せになりたいという思いは共通しているはずです。
そうしたいのに、そうできない。
心が落ち着いてくれない。
多くの人が抱えている悩みですが、なかなか相談しにくい悩みでもあるかと思います。
「普通」に生きることが1番むずかしい?
「普通」に憧れるのも、「余裕のなさ」からきているように思えてなりません。
「普通になりたい」というときの「普通」は、「皆と同じように」「自分だけはみ出さないように」という意味かと思います。
つまりは、他人軸、周りを基準にした考え方です。
しかしこれだと、自分の気持ちを押し殺して、常に周囲を気にしていなければならない、窮屈な生き方になってしまわないでしょうか。
このような気持ちになるのは、恐らく、周りからそんな「普通」を求められ続けてきたからだと思います。
そもそも、人として「普通」とはどういうことでしょう。
「普通」とは、
うれしいときは喜べること、
苦しいときは、苦しいと言えること、
悲しいときは、ちゃんと涙を流せること
弱音を吐きたいときは、聞いてくれる人に聞いてもらえること
疲れない体力もほしいですが、疲れたらちゃんと休めるような環境があること
ではないでしょうか。
こういった、本来、人として普通のことができない、当たり前の状態でいられないと、どんどん余裕がなくなり、余裕がないと更に気持ちを表現できなくなっていきます。
そんなときに私たちが学ぶべきは、自分を「コントロール(制御)、マネジメント(管理)する」ことではなく、「ケアする」ことです。
ケアとは、自分をいたわり、優しくし、気遣うこと。そのためには、それなりの知識やスキルも必要です。
「しなやかな強さ」には「ちゃんと凹む」ことが大切
「レジリエンス」という言葉があります。もともとは「弾性力」「凹んでも元に戻る力」という意味で、「しなやかな強さ」などと訳されます。
レジリエンスの反対は、頑強さ(凹まない硬さ)です。
困難や失敗があってもへこたれず、傷つかず、一喜一憂せず感情が安定していて、何事にもめげずにチャレンジし続ける。
社会が求めるのはそんな「強さ」かもしれませんが、レジリエンスが意味するのは、そういうものではありません。
「ストレスが加わったら、ちゃんと凹んで、元に戻れる」自然な心の働きを指します。
凹まない硬さは、ある意味で強さや頑丈さではありますが、「堅い木は折れる」といわれるように、凹まないことは、柔軟さに欠けるリスクを抱えることでもあります。
「柳に雪折れなし」の如く、心もストレスがかかったときはちゃんと凹む、しなやかさが大切なのです。
伸びるためには、縮まねばなりません。
立ち直るためには、休まねばならない。
強くあるためには、弱さとも向き合うことが大切です。
自立するためには、人に頼れることが大切なのと同じです。
傷つかないことが大切なのではなく、傷ついたとき、それを癒す方法を知っているほうが立ち直りは早いです。
ポジティブな側面ばかりに目を向けているのは、苦しみが癒やされないまま心に蓋をするのと同じです。
その傷は知らず知らずのうちに深くなり、頑張っているはずなのに、「普通」に生きているはずなのに、気づけばどんどん苦しくなってしまうかもしれません。
自分の強さを信じることも大切ですが、人間としての弱さを認めていくことはもっと大事ではないでしょうか。
この連載では、このような人として自然な反応、人間らしさについて見直し、自然体で生きられるように、もう少し肩の力を抜いて自分に優しくなれるために大切なことを紹介していきたいと思っています。
そのために大切なことは、「変わろう」と力むよりも、まずは心をほぐし、心の動きに気づくこと。
ぜひ肩の力を抜いて読んでいただければと思います。