前回は、五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)を若く保ち、老化を防ごうというお話でした。
前回の記事はこちら
五感トレーニング法として、聴力を例に「動脈硬化を予防することで、それが聴力の老化防止につながる」と紹介しました。
さて今回は、「嗅覚」をテーマに、弱くなってしまった五感を鍛えて若返らせるにはどうすればいいか、真鍋先生にご説明いただきました。
(1万年堂ライフ編集部)
嗅覚の調査で分かった、興味深いテーマ
約500人の健康な成人を対象に、ある匂いを嗅いで、それが何の匂いか答えてもらい、正答率を調べた研究があります。
その研究によると、女性では60歳から、男性は55歳から嗅覚の低下が始まり、男女ともに75歳を過ぎると、さらに低下する傾向があったそうです。
嗅覚低下の比率は、成人全体では約3%、65~74歳で27%、75歳以上では46%に及んだと報告されています。
この研究で興味深いのは、「何の匂いか分からない」と答える人は年齢とともに増えるのですが、「匂いがしない」という答え方ではなかったことです。
「ん!?何が興味深いの?」という疑問に、匂いを感じる仕組みから説明しましょう。
まず、匂いは空気ではなく、空気中を漂う「匂い分子」という小さな粒子だということを知ってください。
私たちは匂いを知りたいとき、クンクンと鼻で嗅ぎますね。これは匂い分子を吸い込んで、鼻の奥の「嗅細胞」という匂いを感じ取っている細胞に、匂いの分子をくっつけているのです。
匂い分子をキャッチした嗅細胞は、「嗅神経」という神経を介して、脳の「嗅皮質」という部分を興奮させ、何の匂いかを判断させているのです。
「匂いが分からないのは、脳が弱っているから?」嗅覚と脳の意外な関係
さて、先の実験で「匂いがしない」ではなく「何の匂いか分からない」と答えた人が多かったことが、なぜ興味深いのか。
それは、「(鼻の嗅細胞で)匂いは感じている」けれども「(脳の嗅皮質が)何の匂いか判断できない」状態、つまり鼻はまだ働いているのに、脳が先に弱っていることを示すデータなのです。
ということは「私、最近、匂いが分からないの。鼻がダメになったのね」は、どちらかというと「私、最近、匂いが分からないの。脳が弱くなってきたのね」が正しいらしいということです。
もちろん、鼻の病気で匂いがしなくなることも多いので、一概にはいえません。
認知症の1つであるアルツハイマー病の初期に匂いが分からなくなることが多いことも考えると、匂いが鈍くなってきたら、脳の心配をするのが大切だと言えるのです。
認知機能の改善も?匂いをかいで鍛える「嗅覚トレーニング」
しかし、「心配して何とかなるのかしら。脳がダメになった私はもうダメじゃないの?」と悲観してはいけません。
ここからが今回の本題、「嗅覚を鍛えて若返らせる方法」です。
「鍛える」と聞いて、「スクワット」「ジョギング」「千本ノック(?)」などのトレーニングを連想された方。正解です。
そう、鼻を鍛えるには、どんどん匂いを嗅ぐことです。これを嗅覚トレーニングといいます。
レモン、バラ、ユーカリなど、自分の好みの匂いで結構です。
ある研究では、毎日、朝と晩に30秒間ずつ匂い剤を嗅ぐと、3カ月で匂いの働きが良くなったと報告されています。
しかも、このトレーニングは単に匂いが良くなるだけでなく、脳にも働き、認知症患者に行うと、認知機能が改善するのです。
このことを利用し、アロマの香りで認知症患者のケアに取り組んでいる施設もあります。
その施設では、朝は、交感神経を刺激して体を活動的な状態にする働きのあるレモンの香りを、夜には鎮静作用のあるラベンダーの香りを用いました。すると、認知症患者の夜間の徘徊が減っただけではなく、認知機能そのものも良くなったそうです。
アンチエイジング作用あり!「お香」で高まる抗酸化力
トレーニングという、少しストイックな話になりましたが、香りといえば、アロマテラピーを連想される方や、実際に芳香器を使ってアロマの香りを楽しんでいる方も多いのではないでしょうか。
香りを利用したアロマテラピーには、いろいろな効果が確認されていますが、一番有名なのはリラックス効果ですね。
実際に心地よい香りを嗅ぐと、唾液中のストレスホルモンが減ることが知られています。
また、ある研究では、日本に古くから伝わる「お香」に、体の抗酸化力を高める働きがあることが確認されました。
酸化とは体の老化現象の一種で、それを防ぐのが抗酸化力ですから、お香にアンチエイジング作用があるということです。
お香がとても古くから愛され、今も受け継がれているのは、単なる嗜好ではなく、体にとても有益だからかもしれませんね。
「朝晩、嗅覚トレーニングは面倒だなぁ」と思われた方は、朝昼晩の食事のとき、食材の香りを楽しむことから始められてみてはいかがでしょうか。
目をつむり鼻をクンクン。魚の海の香り、野菜が取り込んだ大地の香りなど、今まで気づかなかった発見があるかもしれません。
「これは○○県産の白菜だな」と匂いで分かれば達人ですね。
嗅覚を鍛えて五感の健康を保ち、いつまでも若々しい生活を送りましょう。
まとめ
- 「何の匂いか」を判断しているのは脳の部分なので、「何の匂いかわからない」のは「脳が弱っている」可能性が高いといえます。匂いが鈍くなってきたら、脳の心配をするのが大切です
- 嗅覚を鍛えて若返らせるには、どんどん匂いを嗅ぐことです。毎日、朝と晩に30秒間ずつ匂い剤を嗅ぐと、3カ月で匂いの働きが良くなった、という研究もあります
- 日本に古くから伝わる「お香」には体の抗酸化力を高める働きがあることが確認されました。お香にはリラックス効果だけでなく、アンチエイジング作用があるのです
参考文献
『嗅覚障害臨床の最近の進歩』
4.嗅覚障害の病態と治療の実際
6) 加齢と嗅覚障害
奥谷文乃*
*高知大学医学部地域看護学・耳鼻咽喉科学
PROGRESS IN MEDICINE 35(4): 683-686, 2015.
Schriever VA et al:Preventing olfactory deterioration
:olfactory training may be of help in older people.
J Am Geriatr Soc 2014;62:384-386.